食べもの・水

旅行者下痢症

海外旅行者で最も多い病気が旅行者下痢症です。約1ヶ月の途上国滞在で発病率は、20-60%とされています。症状は一般的に軽く、大多数は数日で軽快しますが、旅行者下痢症になってしまった人の20~30%が旅先で寝込み、40%が旅行日程の変更を余儀なくされます。日本人旅行者に関しては、タイのバンコクに2週間滞在した旅行者のうち、26%が本症を発病したという報告もあります(出典:Mitsui Y, Chanyasanha C, Boonshuyar C, et al.: Incidence of travelers’ diarrhea among Japanese visiting Thailand. Tropical Medicine and Health 2004; 32: 21-26.)。雨季に感染のリスクが増加します。

旅行者下痢症の原因

大多数は病原体(細菌、寄生虫、ウィルス)により発症します。また、滞在先での食事の変化(食用油の違い、香辛料、飲料水の硬度の違いなど)、時差、ストレスなど非感染性の原因も一部にはあります。さらに、旅行者の健康状態によってもおこります。米国CDC(疾病管理予防センター;Centers for Disease Control and Prevention)によれば、患者の中で病原体が検出される頻度は30~60%で、このうち細菌が80~85%と大多数を占め、寄生虫は10%、ウイルスは5~10%と少数です(出典:Connor BA: Travelers’ diarrhea. ed Arguin PA et al, in CDC health information for international travel 2008, Elsevier, Philadelphia, 2008; 322-332.)。

予防

・生活上の注意
予防のためには飲食物への注意が大切です。たとえば、飲料水はミネラルウォーターや煮沸した水を飲用すること。食品は加熱して摂取することが重要なポイントです。また食事をする場所に関しても、できるだけ衛生状態の良い店を選ぶようにしましょう。これに加えて、赤痢菌やノロウィルスなどは患者から直接感染する病原体であり、トイレ使用後や食事前の手洗いを励行しましょう。海外では手洗いの場所が少ない上、手洗いに使用する水も清潔とは限らないため、ウエットテイッシュや速乾式アルコール手指消毒剤などを携帯しておくと便利です。

表.旅行者下痢症予防のための目安
危険 安全
生の魚介類、非加熱の肉、サラダ、生の乳製品、アイスクリーム、皮のむかれた果物、水道水、氷、未殺菌の牛乳 熱の通った食事、調理された野菜、皮のむかれていない果物、ミネラルウォーター(炭酸入りの方が安全)

・薬剤による予防
米国などでは止痢剤としてBismuth Subsalicylate(商品名:Pepto-Bismol)が市販されていますが、この薬剤の予防的な服用により旅行者下痢症が40~65%まで減少することが明らかになっています。副作用は少ないですが、舌が黒くなる、耳鳴りをおこすことがあります。日本ではインターネット販売などで購入可能です。

・ワクチンによる予防
旅行者下痢症をおこす病原体の中でも、コレラ菌については、経口不活化ワクチンがActive Biotech社(スウェーデン)からDukoralの商品名で販売されています。このワクチンは2回接種で2年以上の効果が期待できます。日本では未承認のワクチンですが、医師の個人輸入で国内でも接種可能です。

治療

・水分補給と食事
軽度の下痢であれば、消化のよい食事を摂取し、水分を多めに補給しましょう。水分の補給にあたってはOral Rehydration Salt(ORS)が理想的で、最近は国内のメーカーからも旅行用の経口補水液が販売されています。こうした製剤がない場合は、フルーツジュースに塩味のクラッカーを食べる程度でも同様の効果が期待できます。

・薬剤の服用
下痢の回数が多い場合は、整腸剤と抗菌薬などの服用が症状の改善に役立ちます。薬剤を2~3日服用しても症状が改善しない場合は、医療機関を受診するようにしましょう。

・現地で病院にかかるタイミング
2~3日間経過しても症状が改善しない場合や、激しい嘔吐により水分が摂取できない場合、高熱、猛烈な下痢による脱水症状、腹痛や血便などの症状が強い場合は、早めの受診をおすすめします。また、中高年で高血圧や糖尿病などの疾患をお持ちの旅行者は、下痢による脱水が持病の悪化を招く可能性があるため、早期の受診をおすすめします。

・帰国後の対応
帰国後に下痢になったら、医療機関を受診し、海外特有の病原体を想定した検査や治療をうけることが必要です。

A型肝炎

A型肝炎ウイルスによる感染症です。大人が感染すると急性肝炎を起こします。衛生環境が整っていない開発途上国で広く流行しています。ウイルスに汚染された水や食品 (牡蠣など)を加熱せずに経口摂取して感染します。

症状

発熱、全身倦怠、嘔吐、黄疸などの症状がみられます。安静にしていれば 1 ~ 2ヶ月で完治します。

予防

食生活の注意とともに、A型肝炎ワクチンの接種をお奨めします。接種方法は 2 ~ 4 週間隔で 2 回接種し、6ヶ月 ~ 1年後に 3回目の接種を行います。

腸チフス(Typhoid)

腸チフスは、チフス菌(Salmonella enterica serotype)による感染症です。主に、チフス菌に汚染された飲食物の経口感染で起こります。日本国内では、患者数の少ない感染症ですが、海外では毎年2500万人以上が罹患しています。
高リスク地域は、南アジア、東南アジア地域です。欧州や北米、豪州、日本と韓国は低リスク地域で、それ以外の地域は、中リスク地域とされています。日本での発生件数は、年間30~40件程度と少なく、その多くが流行地域への渡航者による輸入事例です。

図.腸チフスのリスクのある国

CDC: Global Immunization
https://www.cdc.gov/globalhealth/immunization/othervpds/typhoid.html

症状

おおよそ7~28日間の潜伏期間を経て、発熱の他、頭痛、食欲不振、全身倦怠感、下痢や便秘など多様な症状がおこります。発熱や倦怠感は、徐々に進行して、発症3~4日後までに、39度前後の高熱を呈し、一過性に体幹にバラ疹が出現する場合もあります。診断や治療が遅くなると、腸管出血や腸管穿孔を起こし致命的になる場合もあります。

治療

抗菌薬による治療が行われます。

予防:予防接種

特にインドをはじめとする南アジア、東南アジアへの渡航者に接種をお勧めします。
現在日本には、国内承認ワクチンがないため、未承認(輸入)ワクチンでの対応となります。